Diary 2015. 8
メニューに戻る
8月11日 (火)  熱帯夜、そして日中も厳しい暑さが続きます。今日の最高気温は34.1℃。

先週末から3泊4日の四国の旅は、全行程に52日をかけた歩き遍路の20日ほどの区間をドライブしたことになります。もちろん、道中でお世話になった方は他にもたくさんおられ、無事に結願できたのは多くの皆さまのサポートがあったからこそです。ともあれ、どうしてもお礼を申し上げたかった方々を訪ねて、少し気持ちが落ち着きました。そこで、今日はお墓参り。明石市のお寺にある長谷川家の墓と、大阪・阿倍野墓地にある父方親族の墓に線香を供えました。

ところで、報道によると、自民党府議団が大阪戦略調整会議への欠席を決め、流会作戦をとるとか。自分たちが提案して実現させたのに、橋下氏の攪乱戦法で手詰まりになったのでしょうか。

1673-1.jpg



8月10日 (月)  立秋を過ぎても「猛暑日」が続きます。北区の最高気温は35.2℃でした。

今朝は、堺市美化推進協議会の「道の日」キャンペーンに参加するため、7時に中百舌鳥駅前へ。
午後、Jグリーン堺で行われた、いわき市立小名浜二中と金岡南中の交流サッカーを観戦しました。小名浜二中は、大規模災害等被災地支援基金を活用し、福島県から堺市に招待しています。試合は1対1の引き分けでした。

1672-1.jpg 1672-2.jpg



8月9日 (日)  四国の旅4日目…足摺の宿→土佐清水市窪津→高知市→淡路島を経て帰宅

遍路旅の楽しみのひとつは、人との出会いです。それに、ちょっとしたハプニングが人との縁を深くしてくれることをしばしば体験しました。今日お訪ねしたSさんやTさんとも、まさに「お大師様のお導き」としか言い様のないような出来事から始まりました。

37番岩本寺(旧窪川町)から38番金剛福寺(足摺岬)までの距離は88札所間で一番長く、私の場合3泊を要しました。その最終日、道路工事中の建設会社が設けた休憩所で弁当を食べていた私に小夏のお接待をして下さったTさんと、ご自宅前で再会できたのは、私が休憩所に杖を忘れて取りに戻った時間差があったからです。翌日の打戻り道中でお礼のためTさん宅に立ち寄り、道端で立ち話中にSさんが帰宅されました。TさんとSさんは隣同士。しかも義姉妹でした。また、Sさんは当時、足摺岬の民宿の手伝いをされており、食事中の私を見て「武道をしている人」と感じられたそうです。現在は金剛福寺の納経所に務め、3日の日記に書いたような新たなご縁もありました。

今日は早朝にホテルから散策に出かけ、灯台を経て金剛福寺にお参り。チェックアウトして土佐清水市窪津のSさん宅を訪問すると、Sさんご夫妻とTさんが待ち構えておられ、改めてお礼を申し上げました。ちなみに、2年前、Sさんのご夫君が制作中だった杉丸太の腰掛けは完成。お遍路さんの格好の休憩所になっています。

1時間ほど温かいおもてなしを受けて帰宅の途に。今日は長距離ドライブです。黒潮町白浜の国道沿いにある食堂で昼食。この店は遍路旅でも利用し、大雨だったので二人の女性客から「宿まで車で送る」と声をかけていただきました。もちろん丁重にお断りして歩き続けたのですが、店主に遍路日記を示したら「常連さん」とのこと。お礼の伝言を頼みました。

その後、高知市の日曜市に立ち寄って約1時間ほど休憩がてらに見物。再びハンドルを握ってひた走りに堺を目指しましたが、明石海峡大橋を渡ったところから大渋滞。摩耶インターを出て湾岸道の利用を試みたところ、ここも入口まで渋滞でした。

1671-1.jpg 1671-2.jpg



8月8日 (土)  四国の旅3日目…松山市→砥部町→久万高原→高知・檮原町→土佐清水市

明日、高知県土佐清水市でお世話になった方々にお目にかかるので、今日は松山市の宿から高知県土佐清水市の足摺岬へのドライブです。途中の道筋に、砥部町や久万高原を選択し、砥部町ではお馴染みの梅山窯を訪問。また、久万高原町では遍路の際に泊めていただいた「八丁坂」にも立ち寄りました。実は、今回の旅でもこの宿での宿泊を考えたのですが、すでに「満室」でした。入口で声をかけると女将(社長)が出て来られ、お礼の挨拶。私が泊まったときの下手くそな揮毫を置いて下さっているとか。まさに赤面の至りです。
その後、カーナビを頼りに足摺岬を目指したところ、国道439号線で大苦闘。山の斜面を縫うように延々とつづくカーブ道です。もしかしたら自動車学校のS字カーブよりも道幅が狭いのではないかと思うほどで、対向車との数度のすれ違いの際はバックして場所を探しました。


8月7日 (金)  四国の旅2日目…香川県宇多津町→徳島県三好市→愛媛県西条市→松山

宿泊した宇多津駅前のホテルは遍路でも利用した所で、朝食バイキングの豊富さに感激した宿です。讃岐うどんも並ぶ朝食をたっぷりいただいてから出発。

●名物民宿「岡田」のご主人と再会
今日、最初に向かったのは遍路旅で一番印象深かった宿=「民宿岡田」。88か寺で最高地にある雲辺寺への登山口(徳島県三好市佐野)に位置し、多くの遍路がこの宿を利用します。とは言え、部屋数が少ないためにすぐ満室になるのですが、私は相当以前から予約していて泊まることができました。経営者の岡田明さんが夕食時にしてくださるお話は興味深く、また岡田さんの人柄に触れることができるので、お遍路たちの間で評判です。それに、翌朝の出発時には私の姿が見えなくなるまで見送って下さるなど、温かいもてなしに感激してお礼の手紙と遍路日記を送ったら、その後、「アクション日記」も見て下さっているとか。あらためて、感謝しました。

●「あけぼの」施設長・野口さんにもお忙しい中を…
愛媛県西条市周布にある障がい者作業所「あけぼの」を運営されている野口征治郎さんには、「伊予の三湯」と呼ばれる宿の手配、丹原町の遍路道に面したご自宅での昼食、近くの番外寺への案内、次の宿までの荷物搬送など、ことのほか手厚いお接待をいただきました。20年余り前、政治倫理条例の制定を目指す旧丹原町での市民の皆さんの運動に協力させていただいたご縁から、長らくご交誼をいただいている方です。支援学校の教員を退職後、保護者の方々に乞われて始めた作業所は、ネギの収穫などで大忙しの時期でした。施設見学の後、昼食しながら懇談。その後、出荷先のJA周桑直売所「周ちゃん」にも案内していただきました。

●砥部焼窯元を経て松山市へ
忙しい時間を割いて下さった野口さんに見送られて、松山市内のの宿へ。途中で寄り道して、砥部町の廣梅窯を訪ねました。
なお、松山では、夏目漱石が正岡子規宅に立ち寄った折、子規の母親が振る舞ったと言われている「松山鮓」を食べてみました。この地方に伝わる郷土料理で、瀬戸内の地魚を使ったばら寿司です。祝い事や訪問客をもてなす際に出されたそうですから、実際には写真の商品よりももっと豪華に作られるのだと思います。

1669-1.jpg 1669-2.jpg 1669-3.jpg



8月6日 (木)  広島市の「原爆の日」…70年目の今日も、熱い太陽が照り付けています。

広島平和祈念式典を実況中継するテレビの前で黙祷。今日から「夏休み」をいただくことにして、四国へ旅立ちました。以前から考えていた、昨年5月に結願した歩き遍路で特別にお世話になった方々へのお礼の旅です。
まず、高松市国分寺町のYさん宅を訪問。Yさんが丁石の整備に力を尽くされた遍路道のお話などを伺いました。その後、高松市内でお接待を受けたSさんを訪ね、市内のコーヒ店で歓談。宿泊する宇多津のホテルへの道中、根香寺と白峰寺にお参りしました。夕食は、ホテル近くの讃岐うどんの店「おか泉」へ。全食器に砥部焼(梅山窯)を使用。味もなかなかでした。

1668-1.jpg 1668-2.jpg 1668-3.jpg



8月5日 (水)  「猛暑日」は途切れても、「熱帯夜」は続きます。昨夜もずっと27℃台でした。

駅前議会報告が終わったので、今朝は少し寝坊しました。朝のうちに事務所前の花鉢などを整理し、お昼前に登庁。議会事務局から情報提供を受けた後、大和川線推進室などと協議。

ところで、すっかり“時の人”(?)となった首相補佐官の磯崎陽輔参院議員は、以前、堺市職員として働いたことがあります。自治省(01年〜総務省)から派遣され、1998年4月〜2001年7月、財政局長を務めました。その折の仕事ぶりについて職員たちに聞いてみると、「強権的だった」という声がある一方、「厳しい指摘を受けたが勉強になった」との言う人もいて、評価が分かれます。ただ、具体的には、自著「分かりやすい公用文の書き方」に基づいて、徹底的に文書の書き直しを命じられたと語る職員もいるので、厳しい上司だったのでしょう。(当時私は桃大復職中)
なお、その「分かりやすい公用文の書き方」(改訂版)のページをめくると、序章に「私たち公務員が行う事務の仕事も、プロの仕事である。プロの仕事である以上、そこには職人芸があり、匠(たくみ)の世界がなければならない。そして匠の世界は、必ず形(かたち)というものがある。今の日本に一番欠けているのは、この形である」と、磯崎氏は述べています。

●ひたすら謝るのも…プロ政治家(匠)の芸か?
8月3日の参院特別委では、「軽率な発言により、法案審議に多大な迷惑をかけ、心からお詫びする」と語り、約30分間の質疑でも「お詫び」を7回繰り返して頭を下げました。しかし、言葉に厳しさを求める磯崎氏のこと、きっと確信をもって「法的安定性は関係ない」と言ったに違いありません。なのに、「発言を撤回する」との言葉は、事態の沈静化を図りたい安倍首相に因果を含められて従ったにすぎないと、私は思います。読売新聞(8月4日朝刊)が報じるところによれば、「与野党問わず批判が出ていた磯崎氏に対し、政府側が想定問答を作り、事前に練習するように求めていた」とのこと。「ひたすら頭を下げ、難を逃れる」…。プロ政治家として“匠の芸”を示したつもりなんでしょうか。
「沖縄2紙をつぶせ」との言論弾圧、さらに、安保関連法案に反対する学生団体を「自分中心、極端な利己的な考え」と非難した武藤衆院議員、傲慢な安倍首相の心中を語ったつもりの取り巻き議員たちによる放言は、きっと自分たちの首を絞めることになるはずです。

1667-1.jpg



8月4日 (火)  最高気温34.6℃。かろうじて「猛暑日」を免れましたが、暑さは変わりません。

地下鉄・中百舌鳥駅@A出入口に立って、やっと駅前議会報告を完了。雨と猛暑に悩まされ、ボランティアの皆さんは大変でした。ありがとうございました。
さて、昨日の夕刊各紙で報じられた戸田建設の隠しカネ。「元堺市議に2500万の斡旋手数料を渡した」との報道に関して、取材がありました。午後は、市民相談への対応で大阪市内へ。


8月3日 (月)  朝のうちは薄曇りでしたが、やがて快晴。35.0℃で3日連続の「猛暑日」です。

南海・百舌鳥八幡駅前で議会報告。限りなく蒸し暑さを感じる中、皆さんが「議員活動報告」を受け取って下さいました。また、顔見知りの方々が温かい励ましの言葉をかけて下さり、近くで開業されているドクターからは「脱水症に気をつけ、水分補給を…」とのご忠告もいただきました。
事務所に戻ってから登庁。土木部から資料提供を受け、市民人権局や子ども青少年局などと協議。また、財政部からは昨年度の決算見込みについての説明を聞きました。

ところで、今日お昼頃、高知県の足摺岬にある金剛福寺の納経所にお勤めのSさんからお電話をいただきました。「たった今、納経帳を差し出されたお遍路さんが『堺市から来た』とおっしゃるので、『市議の長谷川俊英さんを知ってますか』と尋ねたら驚かれ、『姉が議会報告を配布しています』と答えられた」とのこと。Sさんには2013年5月の遍路旅の際にお世話になり、その後も親交をいただいています。また、今日お参りされた方は、南区で配布のご協力をいただいているMさんの妹さんでした。どうやら、お大師さんはとても厚い縁を結んで下さるようです。

▼写真=金剛福寺納経所(2013年5月12日参拝時に撮影)。ただし、当時Sさんはここに勤めていないので、写っているのは別の方です。

1665-1.jpg



8月2日 (日)  最高気温35.1℃で、2日続きの「猛暑日」です。夕立がほしいのですが…

事務所で市政報告会。燃えるような暑さの中をお集まり下さった皆さんに感謝します。大阪戦略調整会議の問題点を話し合い、また、安保法制など安倍首相の政治手法に関する認識の共有化も図ることができました。


| 1 | 2 | 3 | 4 |
2015/8
SuMoTuWeThFrSa
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     

前月     翌月