Diary 2011. 10
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10月1日 (土)  雨は上がり、最高気温は22℃。午後から、さわやかな秋晴れです。

孫の小学校最後の運動会を見に行きました。「ぜひ見てほしい」と言っていた団演は、さすがに練習の成果があったようです。

事務所に戻り、お招きを受けていた「障がい者作業所・こだま」の開設15周年記念の夕食会に出席。同作業者の施設長・田中逸郎さんは、長年にわたって障がい者運動に携われた方で、40年来のご交誼をいただいています。「こんにちは!」新聞にもしばしば登場していただきました。

ところで、この夕食会で思いがけない方にお目にかかりました。私が初めて市議に当選したころ、自民党市議ながら気脈が通じる人として接した嘉陽勤・元市議の妹さんです。嘉陽さんは、私より1期早く1975年に初当選され、4期務めた後に闘病専念のため引退。しかし、その後も病状が進行して、1992年に49歳で他界されました。妹さんは、いまある社会福祉法人の施設長をされているそうで、「以前から、長谷川市議と話したいと思っていた」とおっしゃいます。実は、嘉陽元市議は闘病中に1冊の本を上梓されました。その本のことを私が自分の「議員活動報告」(第4期bX)に書いたところ、嘉陽さんはずいぶん感激してくださったようです。
そして、第2刷を発行の際、「(第1刷)出版後の反響」として、私の一文を追補されました。ご親族の間でも、私と嘉陽さんの関係が話題になったという文章は・・・

「昨年、体調不全を理由に五選出馬しなかった元自民党市議の嘉陽勤さんが、その半生記を本にしました。『少年時代の悪事』として初めに記された鑑別所や少年院暮らし、暴力団組員としての赤裸々な告白…。前々から議員仲間のうわさで知っていた私にしてみれば、これはさして驚きませんでした。感動させられたのは、ここ数年に及ぶ著者の肝臓ガンとの闘い。病気と向きあって生への執念を燃やすその生きざまからは、少年期の『過ち』も含めて彼の人生のひたむきさ、まじめさを感じます。自分の利益しか頭にない人が多い議員族にあって、著者は『政治』を考える数少ない市議でした。政治倫理条例の採決では、自民党の三分の二を賛成にまわらせた立役者。正直に言うと、非所属クラブを二議席にした昨年の選挙での挑戦は、彼の引退表明も大きな転機となりました。」

多くの人々に惜しまれた嘉陽さんの死から19年。いま、私自身ががんと闘うことになりました。また今日は、同じように闘病中の方から「緩和ケアの必要性」についてのお電話をいただきました。「がん対策推進条例」の制定は、嘉陽元市議の願いでもあった気がします。

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