Diary 2016. 7
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7月1日 (金)  久しぶりの「梅雨の晴れ間」です。新金岡駅前ではセミも短く鳴き始めました。

予定どおり、地下鉄・新金岡駅@出入口で議会報告。今日は、配布ボランティアに新しい若手メンバーが加わり、受け取って下さる方も増えたようです。事務所に戻って一休みの後、議員活動にも使うマイカーをディーラーに持ち込みました。エアバックがリコール対象となったための取り替え作業ですが、当初予定よりも時間がかかりました。

●「わだつみ会」の総会
午後、「議員活動報告」を地域配布して下さる方々の一部に配布物をお届けしてから登庁。夕方から、堺市職員の立命館大学出身者で組織する「わだつみ会」の総会に出席。私は会員ではないのですが、このところ毎年、来賓として招待を受けています。いうまでもなく、「わだつみ会」の名称は、立命館のシンボルとも言える「わだつみ像」に由来します。
この像は、太平洋戦争で戦場にかり出された戦没学生の遺稿を集めて刊行された「きけ わだつみのこえ」の収入を基金にして制作されました。しかし、当初設置予定の東京大学で大学当局が拒否したため、当時の立命館総長・末川博先生が受け入れを表明。1953年に広小路キャンパス内に建立されたのです。
末川先生が揮毫した「未来を信じ未来に生きる。そこに青年の生命がある。その貴い未来と生命を聖戦という美名のもとに奪い去られた青年學徒のなげきと怒りともだえを象徴するのがこの像である。本郷新の制作」との碑文も設置されています。今日の総会では、この言葉を読み上げた上、「またきな臭い動きが始まっている折、『像ともに未来を守れ』と書き添えた末川先生の教えを大切にして行政を担ってほしい」と挨拶しました。
帰宅後、古いアルバムから探し出したのが下の写真。入学した1960年、安保闘争も一段落した冬の広小路キャンパス(当時)で撮影したものです。なお、わだつみ像は大学紛争の折に破壊された後に再建立。その後、広小路キャンパスが廃止されて、現在は衣笠キャンパスの国際平和ミュージアムに移っています。

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