Diary 2012. 5
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5月31日 (木)  今日はずっと曇り空。気温も26℃まで上がる蒸し暑い日でした。

東京出張のため、日記の更新が2日間遅れていました。「何かあったのか」と、何人かの方々が留守中の事務所に電話をくださったそうです。ご心配をおかけして申し訳ありません。今日は午前中に登庁して、市民生活部、財政部、市教委学校管理部などの報告を受けました。それぞれ、都市内分権、都市競艇組合、通学路の安全確保などについて、調査や対処を求めていたことへの回答です。午後1時からは本会議。通常定例会では初日本会議にあたるもので、各種議案の提案理由説明を聞きました。また、閉会後に土木部と協議。1週間前にご相談があった事件についての調査結果の報告です。

▼2〜3年前にいただいたブラックベリーが初めて花や実を…。収穫が楽しみです。

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5月30日 (水)  昨日は不安定だった東京の天気も、今日は快晴。そして暑くなりました。

朝、業務開始直後の豊島区役所を訪問。今日の調査目的は、同区が昨年4月に施行した「がん対策推進条例」と「がん対策基金条例」です。議会事務局総務課・松村隆さんに案内されて豊島保健所にて、健康担当部長の佐野功さん、地域保健課長補佐の小嶋浩一さん、地域保健担当係長の澤田京子さん、がん対策・健康計画グループの高橋肇さん(主任主事)や萱場春香さん(主事)らと面談。たくさんの情報を得ることができました。

●午後は国会へ。両院議員会館で旧知の議員の皆さんと懇談
豊島区での調査終了後、衆議院第1議員会館へ。以前、団塊ネットの活動を共にした前田和男さん(現在、江端貴子議員の政策秘書)と昼食しながら情報収集。その後、第2議員会館に移動して、団塊党メンバーだった大泉博子議員を訪ね、今日も「選挙区を回っていた」という大泉議員にお会いしました。

●菅直人さんとは、1時間半の意見交換
再び第1議員会館に戻って、菅直人さんと面談。もう何年ぶりかのことですが、菅さんは総理大臣就任以前とちっとっも変わらない話しぶりでした。3.11を首相として経験し、「脱原発」こそ日本のエネルギー政策の根幹とすべきことを強く認識した…と熱を帯びてきます。
様々な人たちが、様々な場で声をあげなければいけない問題だと思い、団塊世代のことに考えが及んだら、「真っ先に長谷川さんが頭に浮かび、先日の電話になった」とのこと。
下の絵は、菅さんの次男の妻・菅徳子さんが、孫の顔を見に来た義父の話を聞いて、描いてくれたものだそうです。

●短時間ながら、江田五月さんとも会談
菅さんとの話が長引き、先週末に中国訪問から帰ったばかりなのに、会議の間に時間をとってくれていた江田五月さんと会うのはあきらめかけていました。迷惑をかけては…と迷いながら菅事務所から連絡をしてもらうと、「待っている」とのこと。大急ぎで参議院議員会館に移動して、20分ほど話しました。
改築された両院の議員会館に初めて入りましたが、入館手続きが少し違うなど、訪問者への不親切さは変わりません。

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5月29日 (火)  新幹線の車窓は、田植えを終えた田圃が美しい光景を見せていました。

5月議会恒例の役員選考を終え、議案が提案される本会議まで2日間、日程に余裕ができました。今日は議会運営員会が開かれたのですが、私と交代して委員となった田中丈悦議員にまかせて、午前中に新大阪を発ち、東京へ向かいました。

●田中良・杉並区長と懇談
東京駅からまっすぐ杉並区役所の区長室を訪問。2010年7月から区長を務めている田中良さんに会うためです。田中さんは1960年生まれ。明治大学に在学中は雄弁部のリーダーとして、金権政治追放の運動にも取り組んでいました。
ちょうどそのころ堺市では、収賄罪が確定しながら市議会に居座り続ける議員を辞めさせるための住民運動が起こっていました。日本で初めての政治倫理条例制定につながったこの運動に興味をもって堺市にやって来た田中さんたちは、街頭に立って私たちの運動を応援してくれました。そして、大学卒業後テレビ放送の会社に就職した田中さんは、1990年に杉並区議に初当選。1992年からは東京都議を5期務め、2009年に都議会議長に就任しましたが、翌年の杉並区長選に出馬し、自民党候補などを破って当選を果たしました。

●区長就任後、前区長の教育政策など見直しへ・・・
2年前の区長選は、当時の山田宏区長が参院選に向けて「日本創新党」を結成し、突然辞職したことに伴うものです。山田氏は現在、大阪市の特別顧問などを務めていますが、区長として進めた教育行政などは注目を集めていました。ただし、その内容については賛否両論があり、田中区長は「山田氏は、杉並でやれなかったことを、橋下氏の下でやろうとしているのでは…」と論評。区長就任後すぐ、教科書採択をめぐる偏った教育委員人事を是正すると共に、学校選択制の見直しにも着手しました。

●東日本大震災で実現した「自治体スクラム支援会議」
また、昨年3月11日の大震災発生直後、かねて災害時特別援助協定を結んでいた福島県南相馬市から救援要請を受け、職員派遣、群馬県吾妻町にある同区保養所や町営施設への避難者受け入れを行いました。また、吾妻町や新潟県小千谷市に協力を呼びかけ、「自治体スクラム支援会議」を実現。ところが、現行の災害救助法は自治体による救援活動を想定していないため、国からの財政的補償を受ける裏付けがないまま始めざるを得なかったそうです。そんな足かせをなくすため、同法の改正を求める活動にも取り組んでいます。

●区内で設置困難な特別養護老人ホームを静岡県に…
高齢化の進展により、杉並区でも特別養護老人ホームの入所申込者が増加の一途をたどっています。しかし、地価の高い同区内での新設は困難で、入所の必要性が高いグループでの待機者を解消できない状況が続く見込みです。そこで、静岡県南伊豆町にある同区の特別支援学校(全寮制)が廃止された跡地を利用して公設民営の特養設置を計画。しかし、計画実現には静岡県の介護施設整備計画の中に入れてもらう必要があるなど、「県境の壁」で難航。この面でも、国の施策の転換を迫る課題があるとのことです。

●がん対策、学校選択制見直しについても調査
区長との意見交換が当初予定時間の2倍に及んだため、その後の調査時間がタイトになりましたが、がん対策について杉並保健所地域保健課長の大澤章彦さん、学校選択制度の見直しについて区教委学務課長の日暮修通さんからお話を伺いました。

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5月28日 (月)  最高気温は毎日上昇し、今日は28℃。蒸し暑さ感もぐんと増しました。

昨年初当選の議員にとって、本会議での投票は初体験。記入台の設置や議場閉鎖、投票箱改めなどの光景は珍しかったようです。もっとも、水防議会議員選挙の結果は下表のとおりで、会派内の指示に従って議員名を書き、忠実に投票したに違いありません。
投票状況を見ると、維新の会と公明党は、構成議員12を2分して各2人の安全得票を確保。共産党は全員一致です。ソレイユ堺は「3人当選」を目指し、「4・3・3」の票割りで臨んだと推察できます。ただ、3票は最低ラインで、誰かが万一長谷川に1票を流すようなことがあれば同票者の抽選になるため、自民党の2票と西井議員の1票を加えた…と読めます。
吉川守議員に6票の安全票を配したのは、おそらく6月25日の水防議会で議長に選出するという談合も成立しているのでしょう。私の2票は私自身と田中丈悦議員の票で、定数9人に入らず、予想どおりの落選です。しかし、選挙によってその背景が浮き彫りになりました。

●長谷川の水防議員再選を阻止した「談合」の背景・・・
昨年度は抵抗感なく非会派の水防議員1議席を認めながら、今年度は「阻止」に動いた理由は、「議員報酬見直し」を主張する私の排除が目的です。3月26日の水防議会で私の発言後、事前通告なしに発言を求めた西村昭三議員は、「議員報酬は高いとは言えない」としきりに強調していました。さて、年額13万2千円で会議日数は3日。1日平均30分足らずの会議のために4万4千円が支給される水防議員報酬を、納税者の皆さんは容認されるでしょうか。

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5月27日 (日)  気温は、とうとう27℃。季節は初夏から、梅雨を経て盛夏に向かいます。

6月の議会での論戦を控えて、今日はOFF日。事務所前の花鉢を入れ替え、咲き始めたアジサイを飾りました。昼前から家族と買い物に出かけ、熱を出したという孫の見舞いにも…。


5月26日 (土)  カラリと晴れた運動会日和。天気が良すぎて心配なこともあります。

午前中に所用を済ませて、午後から新金岡小学校の運動会を見学しました。5年生75人+6年生112人による団体演技は、上級生らしい練習の成果を発揮。一つひとつの演技が決まるたびに、大きな拍手が湧いていました。また、応援も総合成績も勝った紅組は、大喜びです。
さて、議員総会のインターネット中継(録画)をご覧になった市民の皆さんから、意見が届き始めました。「辞職勧告を受けた飲酒・ひき逃げ議員を、どうして辞めさせられないのですか」、「あんな発言しかできない人に、議員の仕事が務まるのですか」、「開き直った西井議員に、市議会はなめられているように見える」…。また、「維新の会が西井議員をかばっているのではないか。今後の投票や議案への賛否対応を注視したい」との鋭い見方もありました

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5月25日 (金)  朝から雨模様。曇り空と断続的な小雨は、梅雨のシーズンを思わせます。

正副議長選出後、舞台裏で協議が続いていた議会内の役職分担について、今日の議会運営委員会で最終確認が行われました。私は、昨年度に続き「健康福祉委員会」と、新たに「安全なくらしとエネルギー対策特別委員会」の委員となります。

●水防事務組合議会議員の続投に正副議長会派の議運委員が難色
なお、昨年度は議席の割り振りがあった「泉州水防事務組合議会」(以下、「水防議会」)の議員については、協議が整いませんでした。折衝には、非会派議員(3人)を代表する議運委員の田中丈悦議員があたりましたが、その田中議員の話によると、まとめ役の議長会派(公明党)と副議長会派(ソレイユ堺)との折衝の場で、長谷川が引き続いて水防議会議員となることに難色が示されたそうです。

●28日本会議で、水防議会議員の選挙を実施
堺市議会の役職協議は、当該役職定員に対する各会派構成議員数の比例按分の数字を基本にして行っています。当然端数も出ますから協議によって割り振り数を確定し、その後に各会派から名簿を提出するという流れで進行します。しかし、水防議会議員の割り振り協議は不調に終わり、28日(月)10時〜の本会議で選挙を行うことになりました。

●長谷川が水防議会議員になると、なぜ困るのか?
正副議長会派の議運委員が、私の水防議会議員続投を阻みたい理由は何でしょうか。思い当たることは、予算議会(3月26日)での発言です。その議会で私は、@管理者(堺市長)と副管理者(高石市長・泉大津市長・忠岡町長)の給料廃止、A議員報酬の日額制への変更、B泉州水防事務組合の解散検討と、主に3つの主張をしました。とりわけ正副管理者の給料見直しは昨年の予算議会(3月17日)で提案し、「検討する」との答弁だったのに1年経っても結論を出さないのは怠慢だと責め、平成24年度予算に反対。泉大津市、忠岡町選出の共産党議員の同調を得ました。なお、その際、3人の副管理者は感情的に反発していました。

●市民常識とかけ離れた水防議員・正副管理者の「役得意識」と闘います
近隣水防組合の場合、大阪市長などの管理者は無給です。また、泉州水防の議員報酬は年額13万2千円で、会議回数3回で割ると1日=4万4千円。私以外の発言者はほとんどなく、会議は毎回20〜30分で終わります。ちなみに、新たに加入する関西広域連合議会の議員報酬は年額2万4千円で、年4回の本会議と12回(毎月)の常任委員会への出席が必要です。また、大阪府高齢者医療広域連合議会と大阪広域水道企業団議会の議員報酬は、いずれも日額1万3千円が年3回の会議出席ごとに支給されます。泉州水防事務組合のかけ離れた高給は、納税者の皆さんの納得を得られるとは思いません。選挙での当落にかかわらず、闘います。


5月24日 (木)  今日も26℃。ヤマボウシの苞(白い部分)と葉が作る木陰が涼しげです。

朝、事務所にかかってきた電話の情報が気になって、市役所で提供者と面談。話を伺った上で、関係職員に連絡し、調査と報告を求めました。午後からは、議会各種役員の割り振り協議のための議運です。今年度は、私は議運委員を交代しており、協議の進行には直接かかわっていません。相変わらず、木原市長時代の「与党会派」の談合が先行しているのでしょうか。現在のところ「非会派」は3人ですが、どうやら協議は難航した模様で、時間がかかりました。このため、5月議会に提案予定案件についての説明は2時間遅れです。
なお、議員総会の動画がアップロードされました。「堺市議会インターネッ中継」→「議会の日程から選ぶ」→「議員総会」(5月21日)をクリック。私の発言は「1:40:50」から始まります。
※インターネット中継
http://www.kensakusystem.jp/sakai-vod/cgi-bin4/ResultFrame.exe?Code=nzpnymjf9egu2sm2ey

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5月23日 (水)  今日は快晴で26℃。午後、出かけるときは半袖シャツに着替えました。

一昨日の本会議で議長が「辞職」。今日「辞職予定」の副議長と併せて、会派間の折衝が行われてきました。その結果、10時から開かれた本会議では、公明党=議長、ソレイユ堺=副議長が誕生。その他の議会役職の協議は、明日午後ということになりました。


5月22日 (火)  先日、妻の実家の裏庭から持ち帰った花が、うつむき加減に咲きました。

昨日の議員総会で、各地議員の飲酒運転事件とその結末の一覧を示す前に、私が西井勝議員に紹介したのは、以前、この日記にも書いたことがある市民の方のブログです。

「今年のお正月、うちに来た中区の親戚が、ふと『西井のおっちゃん、もうあかんな〜』というので、びっくりして『知ってるの!?』と言うと、『うん、近所のおっちゃん』と言います。今、『飲酒ひき逃げ』事件で話題の維新の会の西井議員は、地域で子供会の世話等をされていたようで、地元では広く地域に親しまれているようです」

「西井のおっちゃん」と題したこのブログにこそ、西井議員が「やり残した仕事」だと思わなければいけないほんとうのテーマがあるのではないか…と、私は質したかったのです。仕事の第一は、西井議員が世話をした子どもたちのモデルになれる姿を見せること。第二は、親しんでいる地元の人たちに「きちんと責任をとれる議員です」という生き様を示すこと。この2つこそ、今、議員としてしなければならない仕事だとは思わないか…と、私は西井議員に問いかけました。

●「もう少し、時間をいただきたい」と、したたかな西井議員
これに対して西井議員は、「先ほどから申しているように、気が動転しているので、もう少し時間だけいただきたい」と答えました。また、「辞職勧告決議を受けて、議員を辞めなければならないかも考えている。しかし、今は続けたいという気持ちだ」とも言いました。
私は、「最後にもうひとつ」と指を立て、「市民にも説明してほしい」という陳情が出ているが、応じるか?…と尋ねましたが、これへの答弁も「いちどもう少し考えさせてくれ」。

●初当選時、西井議員の妻さんが述べたお礼のことば…
そこで私は、ご当人から何度も聞いたエピソードを披露しました。2003年の市議選に初当選した西井議員の得票数は3014。「これからは、3014人の皆さんの目で西井を監視してもらいます」と妻が言った…と西井議員はしばしば話していました。「今、堺市の有権者の大半が西井議員の動向を注視している。西井さん自身の子や孫もきっと事態を案じている。時間は差し上げるが、決断が遅くなるほど惨めさが増す」と、私は発言をしめくくりました。

※議員総会の録画は、24(木)朝、市議会ホームページ「インターネット中継」にアップロードされる予定です。

●本会議冒頭での「辞職勧告」…維新の会は提案議員を拒否
ともあれ、議員総会での西井議員の答弁は他の議員を納得させるものではありませんでした。そこで、終了後に開かれた議会運営委員会では、引き続いて開会する本会議の冒頭に再度の辞職勧告を行う旨を決定。また、辞職勧告決議は全会一致で可決されましたが、大阪維新の会堺市議団だけは決議案の提案者になりませんでした。同議員団に所属するある議員のブログに、「議員の出所進退は第一義的に本人の判断」と書かれているそうですが、適切な判断をできなくなっている仲間議員への対処としていかがなものでしょうか。
西井議員の逮捕直後、橋下代表が強い調子で「辞職を勧告する」と表明したのに、堺市議団は元同志に対する辞職勧告を市議会に提案をしなかった(1回目も同じ)のです。11月議会に提案した「職員基本条例」や「教育基本条例」には、飲酒運転した職員や教員への厳罰(免職など)条項がありました。他人や職員に厳しく、仲間には甘い…まさに維新の会の「ダブルスタンダード」(ご都合主義の二重基準)が、今日の事態を生んでいるとも見えます。

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