Diary 2013. 11
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11月30日 (土)  風が収まり、気温も12℃まで上昇。ここ2〜3日に比べて暖かい日です。

南区城山台にある府立障がい者交流促進センター「ファインプラザ」で、小出裕章さんの講演会が開催されたので聴きに行きました。講演のテーマは「子どもたちの未来のために今できること」。お話は、1945年7月16日(ポツダム会談開会の前日)に行われた人類初の原爆実験(トリニティ)から始まり、「平和利用」という名目の原子力発電への期待の誤りや、ご自身が関わってきた原子力工学へ反省も踏まえるなど、とても説得的なものでした。

●最大課題は「子どもたちの被爆を減らす」
また、3.11福島第一原発の事故の後、「私の願いは、@子どもを被爆させない、A一次産業を守る」ことだと主張。とりわけ、子どもを被爆から守る方策として、「@本当は避難、Aサマーキャンプを利用、B校庭・園庭の土のはぎ取り、C給食材料の厳選」を挙げられました。
そして、「子どもたちを守ってあげたいのではなく、子どもたちを守らないような私自身を許せない」と、いかにも小出さんらしい考えを述べて話を締めくくられました。

●現代社会への鋭い指摘
講演後、聴衆からの質問にも丁寧に応答。特定秘密保護法案の強行採決など、「まるで戦時中の暗い社会だが、為政者の狙いは脅しだ。脅しに乗ったらお終いだから、一人ひとりがそんなことに屈しないようにしよう」を訴え、「私は、刑務所に入れられようと、原発の危険性を指摘し続けます」と語られました。
さらに、「原子力行政は弱い者にしわ寄せします。原発から何の恩恵も受けなかった何万人もの人たちを暮らしの地から追い出し、事故の後始末に現場で従事する人たちは数次に及ぶ下請の作業員です。原発は差別的世界を作っています」と、鋭い指摘。

●変わらない人柄
実は、小出さんには以前から事あるごとに指導を仰いできました。「もんじゅ事故が問う…原子力政策と自治体」(1996.3.3)、「東海村JCO臨界事故と自治体議員の課題」(2000.1.16)、「美浜原発事故の真相と自治体の危機管理」(2005.2.6)。いずれも、都市政治研究所が主催する自治体議員勉強会に小出さんをお招きした記録です。小出さんは、「原発に事故があると、長谷川さんはすぐに私を引っ張り出す」と言いながら、実に気さくに依頼に応じ、いつも分かりやすい話をして下さいました。3.11の後は、とてもお忙しいだろうと気兼ねして連絡を取るのも控えて来たのですが、2年8か月を経て、その変わらない人柄に触れることができました。 

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11月29日 (金)  今日も最高気温が10℃。曇り空の上に風があり、寒さに震えました。

産経新聞によると、OTK株の外資系企業への売却白紙撤回を求める堺市議会の決議案に「賛成する」と態度を変えた維新市議団について、松井知事が「まさに政治家として人気取り。物事の本質を全く見ていない」と厳しく批判したそうです。他方、今朝の朝日新聞には、維新府議会団の会合でも「異論が相次いだ」と報じられており、維新の内輪もめが始まるのでしょうか。


11月28日 (木)  冷たい風が吹く寒い日。気温は正午の10℃から下がり続けました。

来週4日から始まる議案質疑・一般質問の議事運営などを協議する議会運営委員会が開かれました。持ち時間が38分しかないこともあって、今議会では議案質疑をせず、一般質問に集中します。私の出番は、6日(金)の3番目ですから、午後1時以後になるでしょうか。前の発言者の予定時間(60分と90分)が短くなれば、お昼前の可能性もあります。

●OTK株式譲渡で維新の会市議団が右往左往
なお、今日の議運では、公明党など3会派から「大阪府都市開発株式会社株式売却の優先交渉権者の選定結果等に関する要望決議」を4日の本会議に提案し採決を求めたいとの意向が表明されました。すでに新聞でも報道されている泉北高速鉄道の経営権を外資系投資ファンドに売り渡そうとする大阪府の方針を「白紙に戻す」ことを、府知事と府議会議長に要望するものです。議運で「反対討論をする」と通告していた維新市議団は、その後「賛成する」と態度変更。府議会の過半数を占める維新府議団がどのように対応するかが注目されます。

●甲南大生が卒論取材で来訪
ところで今日は、甲南大学の学生Kさんが卒業論文の取材のために来訪されました。「劇場型政治と首長」というテーマ設定で執筆を予定しているそうです。堺市長選での維新敗北についてのインタビューを受けましたが、もう少し幅を広げた取材を提案し、ちょうど時間が空いていた竹山市長との面談を実現。続いて、共産党などの影響がある「住みよい堺市をつくる会」のリーダーや、「竹山おさみ連合後援会事務局」の幹部からの取材もサポートしました。

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11月27日 (水)  元気だったフウセンカズラを取り除いた事務所前に、サンタを飾りました。

選挙で圧勝した自民党・公明党による衆議院での強行採決。特定秘密保護法は「反対世論の高まらないうちに事を進めよ」という戦略でしょうか。怒りを感じます。
今日は、木村保博さんのご葬儀でお焼香させていただいてから市役所へ。午後からの本会議に臨みました。市長選後最初の会議ですから、まず竹山市長が所信表明。その後、任期満了となる田村副市長の再任と、退職する芳賀副市長に替えて中條市長公室長を副市長とする人事案件を承認し、各議案の提案理由説明がありました。初当選の際の副市長人事は議会からのクレームで混乱しましたが、今回はすんなり。市長と議会との緊張関係が薄れなければいいのですが…。

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11月26日 (火)  午後になっても気温は上がらずに13℃。日が暮れると10℃でした。

新金岡町3丁のUさんから、布製わらじと毛糸で編んだオーバーソックスの差し入れが届きました。事務所スタッフの寒さしのぎのために、わらじはご自身が、またソックスは奥様が心を込めて作って下さったそうです。
今日は、昼前から登庁して、関係部課や美原区役所の説明を受け、午後は陳情に関して市民の方々と懇談。そして夜は、1993年総選挙の際、選挙事務長を務めて下さった木村保博さんの通夜式にお参りさせていただきました。長年、少数派労組で原則的な活動を続けられた誠実な人柄を偲ぶ多くの人たちが参列されていました。

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11月25日 (月)  午前中から天気は下り坂。午後は激しい雨と強い風に見舞われました。

午後の強風は、事務所前の壁に緑のカーテンを作ってくれていたフウセンカズラのネットの支柱を引き倒すほど強烈でした。例年以上によく育ち、いつまでも元気だったことが風の力を受けたようです。
さて、今日は11月定例会のための議会運営委員会が開かれました。初日本会議は27日(木)午後1時開会。12月4日(水)、5日(木)、6日(金)の3日間(いずれも10時開会)に、議案質疑と大綱質疑が行われます。議運が終わった後、いくつかの部課から議案に関連する説明を受けました。また午後は、測量業務の発注についてかねてより問題指摘があったことに関して、土木部、道路部、公園緑地部、契約部と関係者との話し合いにも立ち会いました。この問題は4年前にも議論しているのですが、まだまだ改善の余地があったようです。市当局が取り組み姿勢を示しました。

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11月23日 (土)  区切り遍路第12日=伊予北条の宿〜54番延命寺〜55番南光坊〜今治駅前

伊予北条の宿に遍路で泊まったのは、私の他に川崎市のKさんと高槻市のHさんで、お二人とも男性の通し遍路。Hさんは毎年この時期に歩いて、3回目だそうです。別々に宿を出たのですが、しばらく行った橋の上でKさんが写真を撮影中。山頂からの日の出を背景に撮していただきました。
その後、私は登校中の小学生と話したり、地元の方が「へそ島」と教えてくれた海岸の光景などを楽しみながら、ゆっくり歩きました。お接待処で「ぶじカエル」(小さな焼き物)をいただき、民家の軒下に置かれたベンチで昼食。車で通りかかった方からは栄養ドリンクのお接待もありました。

●ドイツ人夫妻の消息
それでも54番延命寺で、先に行かれたお二人と再会。55番南光坊までは、Kさんと共に歩かせていただきました。その南光坊の納経所で、午前中にドイツ人夫妻がお参りされたことを聞き、一安心。納経所の方が「写真も撮っています」とおっしゃり、後日紙焼きして送って下さいました。
今回の遍路は、このお寺で区切ることにして、今治駅前のビジネスホテルへ。駅前の食堂で食べた「カンパチのカマ塩焼き定食」は、ほとんどの器が明日訪ねる予定の梅山窯(砥部焼)でした。

余談ですが、菅直人さんが首相になる前に歩いたのは53番円明寺まで。「もし、延命寺まで歩いていたら…」と(冗談で)考えてみました。

【歩行距離27.3q 40,429歩】
※12日間の合計246.7q 38万5482歩

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11月22日 (金)  区切り遍路第11日=道後の宿〜52番太山寺〜53番円明寺〜伊予北条の宿

昨日、浄瑠璃寺へ下る山道で、右靴のかかと部分の底ゴムがはがれました。既に800q近い遍路道を歩いているのですが、通常は1足で1回りできるそうです。しかし、8年前に購入した私の靴は、金剛登山や長距離ウォーキングにも使い、接着剤の劣化もあったのでしょう。残り2日は平地ですから、この靴で歩くことにして出発。途中、小さな川の対岸の大きな木の下で談笑する男性たちに「楽しそうですね」と声をかけたら、「貧乏で仕事嫌いの人の集まり」と笑って返事がありました。
2時間半ほど歩いて、52番太山寺に到着。昨夕、「See you again in next temple」と言って別れたドイツ人夫妻のことが気になり、納経所で尋ねましたが「交代したばかりで分からない」とのこと。次の53番円明寺までは30分余り。この寺の納経所では「姿を見ていない」とおっしゃるので、近くのコンビニで買ったおにぎりを食べながら待つことにしました。

●再会とお別れ
1時間半経ち「あきらめて出発」と決め、トイレをお借りして出て来たら、到着したばかりのお二人と再会。雪の日に濡れて壊れてしまったカメラを買い換え、松山から列車で来られたそうです。「ホリデイは残り1週間。後の旅は列車を使い、68番か60番まで行くことに計画変更した」と説明してくれました。
53番寺近くの伊予和気駅で降り、52番まで徒歩で往復。次の54番寺まではまた列車に乗るとのこと。荷物も納経所に預けることができたそうで、まさに「good idea」。境内にある隠れキリシタンの墓に案内してから、握手をして別れました。なお、「来年のホリデイはドイツへ帰国するつもりだ」と伺い、「次に来日されるときは、ぜひ堺にも来てほしい」とお誘いしました。

●主に海岸線を旧北条市の宿へ
今夜の宿は、伊予北条駅近くにある料理旅館。夕食には鯛飯も出ました。帰ってから知ったのですが、いつもお世話になっている堺の魚料理店の女将はこの地の出身です。

【歩行距離23.2q 37,152歩】

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11月21日 (木)  区切り遍路第10日=宿(桃李庵)〜46番〜47番〜48番〜49番〜50番〜51番〜宿

食堂に掲げられた「桃李成蹊」の額は、宿主の恩師の書で、屋号の由来のようです。また、玄関に据え付けられた薪ストーブは、びしょ濡れの靴や手袋、雨具のすべてを一夜のうちに乾かしてくれていました。
同宿者の最後に出発。「国道を行き、最初の遍路道は雪が深いから150m先を入れ」と教えられていたのに、入口を見落として三坂峠まで上がってしまいました。宿の主人に電話で確認して、後戻り。雪の遍路道を下り、彩りの美しい山や棚田の風景を楽しみながら里に入ると、旧遍路宿の「坂本屋」。石田あゆみが善根宿を営んだNHKドラマのロケ地です。

●出会ったドイツ人遍路
46番浄瑠璃寺に着き、山門で休憩中の外国人男女に会釈して本堂へ。桃李庵を先に発った3人連れがお参りを済ませられたところでした。
47番八坂寺を経て、48番西林寺で昼食にしようとしていると、先ほどの外人遍路が到着。英語で話しかけたら、オーストラリアに在住するドイツ人のご夫妻とのこと。7週間のホリデイを利用して、1番寺から歩き通して来られたのだそうです。
この寺から同道させていただくことにして、49番浄土寺、50番繁多寺にお参り。繁多寺で、英会話に堪能な日本人のMさん夫妻が加わって下さったので助かりました。51番石手寺では、Mさんの通訳でドイツ人夫妻の宿坊への宿泊が決定。
「遍路の下見」と、松山市中心部に向かわれるMさん夫妻とも別れ、私は道後温泉の宿へ。

【歩行距離28.5q 38,503歩】

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11月20日 (水)  区切り遍路第9日=宿(八丁坂)〜45番岩屋寺〜八丁坂で昼食〜宿(桃李庵)

昨夜のTVニュースによると、久万高原は1月上旬〜下旬並みの冷え込みだったとか。3日連続の雨の中を45番札所・岩屋寺へ。積雪のある遍路道を避けて県道を往復しましたが、道路標識は「−0℃」でした。

打ち戻って「八丁坂」で昼食。昨日は定休だった女将(写真右)の話を聞きました。「理想の遍路宿」を目指して開業したというこの宿は、トイレ付きの部屋が5室あり、現在さらに5室を増築中。専用農場や近隣農家から供給される野菜は食べ放題で、特別に出して下さった調理した夏秋トマトや里芋の美味しかったこと。岩屋寺で宣伝しておいた3人の遍路も立ち寄られました。

お昼2時間を過ごし、お接待の無料ロッカーに預けていたリュックを背負って出発。今夜の宿「桃李庵」に向かいました。4q手前の町中を軽四で通りかかった宿の主人から「乗りますか」と声をかけられたのですが、お断りして歩きました。除雪で両端が狭くなった国道は登り坂。出発から2時間半かかって着いた宿は、さらに深い雪の中にありました。遍路旅を知り尽くした人が開業したというネット情報どおり、一見、工事現場のプレハブを思わせる建物の内部は合理的に設計されていて、女子トイレも完備。今夜の同宿者は計6人。八丁坂で昼食をご一緒した3人(千歳と川崎の方・2日前Iさんと同宿)の他、20代の男性(和歌山のお寺の子息)と60代と思える横浜の男性(実家は堺市)で、お二人は通し遍路です。

【歩行距離19.9q 32,966歩】

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