Diary 2014. 9
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9月30日 (火)  午前中は晴れ、午後から曇り空。最高気温は27.4℃で、暑さを感じます。

来週からの駅前議会報告に備え、早起きを始めました。大泉緑地の散歩も、いつもより1時間ほど早く出発。途中で日が昇り出したので、「冒険ランド」のいちばん高い滑り台の頂に登ってみました。二上山もきれいに見えます。

●8月定例会の全日程を閉じる最終本会議
10時から始まった最終本会議の冒頭で、故・小西一美議員に対する追悼演説。その後、北野礼一議員の辞職許可、任期満了となった教育委員の再任などの議事を経て、市長提案の全案件が採択されました。

最後に、堺市議会の意思を外部に発信する「決議」や「意見書」を審議します。各会派が文案を用意し、会派間で調整修正の後に上程。全会一致で採択されるもの、また、会派ごとに賛否が分かれて採決に至るものに分かれるのですが、今日は、興味深い現象が見られました。

▼議事運営の稚拙さを見せた…大阪維新の会
「泉北高速鉄道売却益を沿線住民に還元するよう求める意見書」について、維新の会は「売却益の全部の還元を求めるのか?」と提案会派に質問。今回の意見書案には「一部」とも「全部」とも書いてないのですが、「以前の同種決議では一部だった」とこだわりました。自民、ソレイユ、共産の議員の答弁に満足せず、竹山市長にも質問。市長に、ここぞとばかりに維新攻撃の発言をする機会を与えてしまいました。そもそも、文案が気に入らないなら、対案を出すか、討論で理由を述べて反対すればよい話です。「質疑」にこだわったお粗末な対応は、維新議員の議事運営に関する知識の希薄さと、経験の未熟さをさらけ出しました。

▼会派内の意見対立が見える…ソレイユ堺
次の4つの決議・意見書をめぐっては、ソレイユ堺の議員の賛否対応が分かれました。
@「日本政府に対し米国内の慰安婦像及び碑の撤去を要求することを求める決議」=平田多加秋議員→賛成、吉川守議員→離席。
A「集団的自衛権行使を容認する閣議決定の撤回を求める意見書」=平田議員・吉川議員→反対。
B「特定秘密保護法の撤廃を求める意見書」=小堀セイジ議員・山口典子議員→賛成。
C「福井地裁の判決を重く受けとめ、原発再稼働の中止を求める意見書」=山口議員→賛成。
もっとも、採決は記名投票ではなく起立採決でしたから、私の見誤りがあるかもしれません。ちなみに、私は、@に反対、ABCは提案者となり、賛成しました。

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9月29日 (月)  大泉緑地で昨日も今日も、ドングリの実がいっぱい道端に落ちていました。

「議員活動報告」(bU3)を出稿。駅前議会報告は10月8日スタート予定です。
さて、昨日の今池下水処理場の件、「原因の究明と今後の改善策が示された」とご相談を受けた松原市民の方から連絡がありました。なお、府職員の素早い対応に感心し、「松原市もこうあってほしい」とも付言されました。


9月28日 (日)  日当たりのよい、大泉緑地のキンモクセイは満開。芳香が付近に…

社民党党首や衆議院議長を務めた土井たか子さんが亡くなられました。私が土井さんと最後に言葉を交わしたのは、2005年8月30日。その日に告示された衆議院議員選挙に立候補した辻元清美さんの第一声を聞くため、高槻駅前に行ったときです。
土井さんは、比例ブロック候補として、大阪10区公認候補・辻元さんの応援に来ていました。応援演説を終え、聴衆に分け入って挨拶する場面が、土井さんの死去を報じる今日のNHKニュースで流れました。驚いたことに、そのほんの一瞬の映像に私が映っていたのです。

※NHKニュース http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140928/t10014936491000.html

このとき、私は、20年余り前に堺に来てくださったお礼を土井さんに述べています。

●政治倫理条例の市民シンポに参加
右下の写真は、1982年12月4日、堺市民会館で開いた「政治倫理確立シンポジウム」。市民の直接請求によって提案された「政治倫理条例」の審議を促進するために開きました。東大教授の篠原一先生にコーディネーターをお願いし、各党からのパネラー派遣を要請したところ、社会党衆院議員だった土井さんが出席してくれました。その折の土井さんの発言が、「市民オンブズマン」発行の冊子に残されています。
「倫理は国会においても大きな大黒柱です。野党は大黒柱としてがんばっていますが、金権体質をもっている与党は動かない。それならどうすればよいかが、問われている。(中略)法律で不十分な時、法律が欠けている時、条例が法律を正しながら制定されていくことが、憲法が求めていることである。自治体から国政へと、大きな動きがこの倫理条例です」
もともと憲法学者だった土井さんらしい言葉です。そのシンポジウムを契機に市議会での議論が進展するようになり、1983年3月に日本初の「堺市政治倫理条例」が生まれました。そして、1992年12月には「政治倫理確立のための国会議員の資産等の公開に関する法律」が制定されたのです。

ところで、今朝、松原市民の方から電話があって、「今池下水処理場での樹木への薬剤散布に問題がある」とのこと。現場を見に行き、担当職員から事情を聞きました。

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9月27日 (土)  まさに「絶好の秋晴れ」。御嶽山が噴火し、犠牲者も出ているとのニュース。

毎年お招きいただいている金岡二葉幼稚園の運動会が新金岡公園で行われました。今年は公園がリニューアルされているため、観覧席の位置も変わって新鮮な雰囲気です。元気いっぱいの園児たちは孫の世代で、来場されているお祖父ちゃんお祖母ちゃんからご挨拶をいただきました。
ところで、今日は、小1の孫の運動会もあったため、午後になりましたが、孫が通う小学校を訪問。玉入れと綱引きを見ました。はつらつとした子らの姿を眺めながら、この子どもたちの豊かな未来が、突然に悲惨な事件で(もちろん戦争によっても)奪われるようなことが繰り返されてはいけないと、強く思いました。

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9月26日 (金)  大泉緑地・頭泉池、真紅の葉で装った木を見ました。ハゼノキでしょうか。

10時から開かれた議会運営委員会を傍聴。本来、30日の最終本会議の議事運営を協議するのが目的ですが、冒頭、議運委員長から「今回指摘を受けた政務活動費の支出は、運用指針が守られなかったことに起因する。指針を遵守する体制が構築されることが重要で、今後、議運で協議を重ねたい」という旨の発言がありました。市民の信頼回復につながる検討が行われることを期待したいと思います。
午後は、議員控室で仕事。来週月曜に出稿予定の「活動報告」を仕上げるため、記事に関する確認などを行いました。


9月25日 (木)  朝まで雨が降っていましたが、比較的早く上がって好天気。気温は27.6℃。

先日の岡山市での集会について、江田五月さんがご自身のブログに下の写真を掲載されています。
そして、「堺市議の長谷川俊英さんが市民政治と市民選挙につきパワーポイント付きで話しました。私の名前が長谷川さんの1963年の手帳に出てきたり、古い懐かしい写真が披露されたり、楽しく聞きました」と書き添えています。大きなスクリーンの左下で話しているのが、私です。
なお、写真は江田さんが参院選の民主党候補を応援するために来堺した2007年、堺東駅前の風景。マイクを握る江田さんの右に立っているのは、前市議の小郷一さんです。

今日は、一日中事務所でパソコンに向かい、来月から始める駅前議会報告でお配りする「議員活動報告」の作成にかかりました。気分転換のため事務所前に並べた花鉢に水をやっていると、学童保育の帰りらしい男児が駆け込んできて、「おっちゃん、トイレ貸して!」…。お昼を食べ過ぎたとかで、家に帰り着くまでもたなかったようです。神戸では、こんなにいたいけな子どもの身に残忍な事件が起き、心が痛みます。

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9月24日 (水)  大泉緑地では木々の葉が装いを始めています。夕方から、温低による雨。

決算委員会の総括質疑。私の発言は、午後3時前となり、休憩に入るのを少し延ばして3時10分ころに終わりました。また、討論は午後5時前に始まって、5時すぎまで。2度の発言で取り上げたテーマは、次の3点に集約されます。

@西消防署、食堂での喫煙事件
今年1月、消防局への投書があって、西消防署の第2警防課長ら職員4人が勤務中に喫煙していたという事件が発覚しました。堺市では、2004年度から庁舎内を全面禁煙とし、2011年度からは職員の勤務時間中における喫煙も禁じています。
ところが、上記の職員らは、他の職員も居る署内の食堂で、勤務時間内の喫煙を繰り返していました。2つのルール違反を犯した上、同室する職員に受動喫煙を強いるという三重の罪が常態化していたのです。
消防局は第2警防課長に「口頭厳重注意処分」を科したものの、他の3職員はお咎めなし。私が疑問を投げかけても、その処置を改めようとしませんでした。今日の総括質疑で質すことを告げたら、総務局の人事課と相談してやっと態度を変更。消防局長までもが、身内をかばう常識外れの考え方をしていたことを指摘して、処分の見直しを求めました。

A榎小学校での体罰、またも校長がマニュアル違反
9月18日の新聞各紙が、榎小学校での体罰事件で加害教師が送検されたことを報じました。事件が起こったのは今年6月23日(月)。ところが校長が市教委へ体罰発生を報告したのは、5日後の28日(土)でした。度重なる体罰事件に対応するため、私は1990年に「体罰マニュアル」の作成を提案。市教委は翌年、「体罰根絶のために」という冊子を刊行し、2004年に改訂版、2008年には第2改訂版もつくりました。にもかかわらず体罰事件は続き、「発生したら、校長は即刻市教委へ報告する」という通達もホゴ同然です。重ねての徹底を求めました。

B議会費での不正支出がある決算の認定できるか?
決算委員会の最後の仕事は、審査した決算の「認定」です。今日の各会派の討論では、これまで反対してきた大阪維新の会までもが「認定賛成」を表明し、竹山市長も驚き顔でした。
最後に討論に立った私は、先般の議会運営委員会に報告された北野礼一議員の政務活動(調査)費支出に関する調査結果を委員会室のスクリーンに示しました。3年間に1050万円の交付を受けた北野議員の支出のうち、議長と議運正副委員長が「本市議会が定める運用指針上、疑義がないと考えられる」と認めたのは、わずかに83万円余りです。
「これほどの不正支出が疑われる決算を果たして認定してよいのか、戸惑いがある」と、私は発言しました。市民の皆さんも、きっと疑問に感じられると思います。しかし、この事態が市長や財政当局の責任によるものではありません。
そこで私は、「政務活動費の適正使用は議員自身の問題であるが、そのことを担保するために検査機関を設置すべだ」と提案。議運委員長でもある決算委員長に、検討を要請しました。そして、「不正使用の防止策の検討に入るという条件を自らに課して、認定に同意する」と、討論を結びました。

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9月23日 (火)  秋分の日。気温が下がったため、ハイビスカスの花が2日咲いています。

丸一日かけて、決算委員会での総括質疑と討論で使うパワーポイントのスライドづくり。昨日の総括質疑は、公明党、大阪維新の会、自民党が終わっています。したがって、明日は、ソレイユ堺、共産党、田中議員の次に私の出番がやってきます。、午後2時以後か、3時〜3時半の休憩の後になると思われますが、持ち時間は12分(答弁含まず)。また、討論も最終バッターですが、こちらは30分間あるので、ゆっくり発言するつもりでスライドを作成しました。
なお、今夜、ご近所の方のお通夜があって、お参りしました。62歳でのご他界はあまりに早く、ご遺族の悲しみの深さをお察しします。


9月22日 (月)  今朝は気温が上がって20.5℃。午後も28.8℃で、昨日より暑くなりました。

昨日、岡山の講演で使った写真の一部を披露します。1980年の衆院選で初当選し、嬉しそうな菅直人さんの後ろに羽場頼三郎さんの顔が見えます。ダブル選挙となった参院選で、私は市川房枝候補の大阪事務所長を務めました。その選挙での市川さんの得票数は、278万票余り。全国区第1位でした。
ところが、8か月後の1981年2月10日、東京に出張中の私は、菅さんと同乗したタクシーのラジオで市川さんの入院を知り、そのまま病院に急行。翌朝、市川さんは87歳9か月の生涯を終えられ、2月13日に婦選会館で「お別れ会」が行われました。
江田五月さんと知り合ったのは、1962年、東京で開かれた学生自治会の会合でした。私が保管する63年の手帳の住所録に江田さんの名前があります。大学卒業後、裁判官になった江田さんと政治上の付き合いを再開したのは、参院議員に初当選した1977年以後。1993年に挑んだ衆院選では、泉ヶ丘駅前などで応援演説をしてもらいました。

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9月21日 (日)  今朝の気温は15.2℃。昨夜、本格的な掛け布団を出してきて正解でした。

岡山市議の羽場頼三郎さんが、後援会「はばたく会」の市政国政報告会を開きました。その第2部シンポジウムの講師として招かれたのは、元参議院議長の江田五月さん、元首相の菅直人さんと私です。江田さんは地元岡山の国会議員。また羽場さんは、菅さんが初当選した1980年の衆議院議員選挙で選挙運動の中心的な役割を担っています。
最初にスピーチした江田さんは、長年にわたって岡山で活動を共にする同志として羽場さんを激励。二番手の私は、市川房枝選挙に始まる菅直人さんとの付き合いや市民運動のこと、また、学生時代から交流のある江田五月さんとの関係、そして、羽場頼三郎さんが熱心に参加してくれた自治体議員勉強会のことなどを、折々の写真をスクリーンに写して語りました。最後に菅さんが、総理大臣として体験した東電福島第一原発の事故や、それを踏まえて決意した脱原発への取り組みについて講演。
3人の話をまとめながら羽場さんは、「ゴミの羽場」と呼ばれた初期の活動から、今は「ソーラーの羽場」としての活動に力を注いでいること、従って今日の集会のテーマを「脱原発のために岡山でできること」したことなどを説明。また、来春の市議選に向けての強い決意を述べて大きな拍手を受けました。

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