Diary 2016. 5
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5月31日 (火)  やっと、すっきりした五月晴れが戻りました。気温も上がって、27.1℃です。

【沖縄・真栄里泰山さんからのお便りと、自作の詩「金網の中の白い花」】

嘉手納基地ゲート前で行われた「5・25元米兵による残虐な蛮行糾弾!犠牲者を追悼し米軍の撤退を求める緊急抗議集会」に参加しました。追悼の黒いリボンを胸に付け、黙祷をしました。帰りに見たら、金網の中の芝生に追悼の花が投げ込まれていました。
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5・25嘉手納基地
第一ゲートの金網の中に
投げ込まれた
一輪の白い花

切り花の白い花に
込められた
静かな悲しみ

奪われた
微笑み 純潔
希望

忘れようにも忘れられない
くやしさ 深い怒り

沈黙の白い花は
蘇ることはない
枯れて
土にかえり
やがて石になる

その花を悼み
群れ集う
黒い蝶
その羽は涙に濡れ
繊細で弱い

しかし
今に
金網を破る
大きな群れとなり
沖縄の空を舞う

その時のために
その時のために
花よ 石となれ
蝶たちよ 鳳凰となれ

5・25
金網の外の
鳳凰木は
今、真っ赤に燃えている
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今日は午前中に議会運営委員会です。関係部局との打ち合わせを済ませて、午後からは事務所で仕事。夜には駆け込みの市民相談が2件ありました。

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5月30日 (月)  雨は朝もまだ降り続いていました。午後には晴れ、気温は24.1℃でした。

今日の本会議と、本会議終了後の特別委員会で、議会役員のすべてが正式決定しました。
議長=ソレイユ堺、副議長=公明、議会選出監査委員=自民・維新という分担は、役職決定の主導権をこれら4会派が握っていることの現れです。
ちなみに昨年は、議長=維新、副議長=公明、監査委員=ソレイユ堺・自民でした。

なお、常任委員会の委員長もこれら4会派で分け合っているのですが、委員長は進行発言しかしないのが原則。そこで、会派見解を主張する委員が必要となり、会派所属議員が少ないソレイユ堺や自民党が委員長となった委員会に無会派の議員が入る余地がなくなるのです。

本会議終了後に訪ねてきた某職員の話によると、「今年、長谷川議員は健康福祉委員会を離れる」と予測(期待?)した関係職員が多かったそうです。しかし、そんな訳で同じ委員会での議論を続けざるを得なくなりました。「もう、うんざり」との思いをお持ちの方も多いかもしれませんが、お互いに緊張感を失わないようにしたいものです。

ともあれ、役員選考のための議会日程は今日で終了。通常の定例会のスケジュールが始まり、明日の議会運営委員会では市長からの議案が提案される本会議(6月2日午後1時)の議事運営を協議します。また今日は、市教委や子ども青少年局などとも協議。市民相談に関係する調査、特別委員会の運営や大綱質疑での議論テーマの模索も始めました。

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5月29日 (日)  このところ不安定な天気は今日も続き、午後から雨。最高気温は24.8℃。

昨年5月に創設された堺市がん患者会「よりそい」の第2回総会が産業振興センターで開催されたので、会員の一人として参加しました。この1年間の事業報告と収支決算を承認。新年度の事業計画と予算も全会一致で決まりました。また、会の名称を「堺市がん患者と家族の会『よりそい』」と改めるなどの会則改正も決定。事務局からは、近く一般社団法人として運営し、将来は公益社団法人を目指すなどの組織方針が示されました。

●健康医療推進課長・総合医療センター副院長などがスピーチ
総会には、堺市から新任の藤川健康医療推進課長も出席して、「患者・家族の意見をいただき、よりよいがん対策を実現していきたい」と挨拶。また、患者会のサポートを続けている市立総合医療センターの大里副院長も「門田理事長の就任を機に、地域がん医療のモデルとなれるような施策展開を目指したい。当事者の意見・要望を施策に反映するような医療でなけれな満足できない」などと話しました。


■悔やまれるMさんのご逝去
ところで、選挙事務所の照明などでずっとお世話になってきたMさんが、2月19日に逝去されていたことを知り、今日、お悔やみに上がりました。ご遺族の話で、Mさんはマントル細胞リンパ腫(血液がんの一つ)で闘病中だったことを知りました。昨年の選挙の際にも病のことを隠して応援に駆けつけて下さったことを思うと、お察しできなかったことが悔やまれてなりません。
Mさんは、長年電気工事業を営んで来られた方で、私が初めて知り合ったのは2001年です。当時お住まいだった旧美原町の某地区での区長の不正について、その年の1月9日に4人の方々が相談に来られました。当時は議員ではなかったのですが、以来、不正に関する事実調査や区長相手の裁判に至るまで、ずっと不正を糾す住民グループのお手伝いをさせてもらいました。Mさんもそのグループのお一人です。「専門知識を生かして地区内の電柱に上って調べたり、会計書類をチェックされるなど、大きな力を発揮していただいた」と、一緒に弔問した住民の方から伺いました。
住民の皆さんの闘いは3年ほど続き、区長解任と自治会の正常化、区長が自治会会計から支出したお金を支出相手の企業から取り戻すなどの結果を得ました。そんなことから、2003年のカムバック市議選では行政区域を越えてのご支援をいただき、合併で堺市民となられてからも多くの方々のお世話になっています。
Mさんは、選挙事務所や選挙カーの看板照明を整備するほか、事務所内の照明器具増設や駅前議会報告の際に使うスピーカーの修理などをボランティアで担って下さいました。また、関係業界団体の研修会の講師にもお招きいただくなど数多のご助力をいただいてきたのに、ご恩返しができないままのお別れとなって無念です。心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

※マントル細胞リンパ腫 http://ganjoho.jp/public/cancer/mantle_cell_lymphoma/index.html


▼がん患者会総会

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5月28日 (土)  午前中ぱらつきを感じた雨が、午後は予想外に降り、気温も下がりました。

午前中は所用があったため、お招きいただいていた新金岡小学校の体育会は午後から見せてもらいました。ところが、雨雲の通過で競技は1時間近く中断。小止みになって再開された運動場で、5・6年生による「燃えろ!169の魂」が演じられました。今年話題になった組み体操で、学校側もずいぶん気遣ったようです。しかし、参加した児童たちは湿った土を体操服にまといながら懸命の演技。終わった後、喜びの表情をいっぱい浮かべて退場しました。

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5月27日 (金)  朝まで雨が残りましたが、午後は晴れ。気温は19.6℃〜26.8℃でした。

「安らかに眠って下さい」「過ちは繰返しませぬから」。写真を撮ったのは2008年7月29日。総務財政委員会の視察で広島市を訪ねた朝、一人で早く起きし、原爆死没者慰霊碑の前で祈りました。

※その日の日記 http://www.gulf.or.jp/~syun-ei/hp_nikki008-2/nikki_641.htm 

今日、米国の現職大統領が初めて広島を訪問し、この碑に献花してスピーチ。

「71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降り、世界が変わってしまいました。閃光と炎の壁が都市を破壊し、人類が自らを破壊できる手段を手にしたことを示したのです」
「この空に立ち上ったキノコ雲のイメージのなかで最も、私たちは人間性の中にある根本的な矛盾を突きつけられます。私たちを人類たらしめているもの、私たちの考えや想像力、言語、道具をつくる能力、自然を自らと区別して自らの意思のために変化させる能力といったものこそが、とてつもない破壊能力を私たち自身にもたらすのです」
「世界はここで、永遠に変わってしまいました。しかし今日、この街の子どもたちは平和に暮らしています。なんて尊いことでしょうか。それは守り、すべての子どもたちに与える価値のあるものです。それは私たちが選ぶことのできる未来です。広島と長崎が『核戦争の夜明け』ではなく、私たちが道徳的に目覚めることの始まりとして知られるような未来なのです」
(朝日新聞の全文記事から抜粋)

●やはり「歴史的な日」
オバマさんが米大統領として謝罪しないことへの批判も聞きます。まあしかし、核廃絶を唱えてノーベル平和賞を得たオバマ大統領が、この地で祈り、被爆者と言葉を交わしてメッセージを発したことが核兵器をなくす国際世論を前進させてほしいと、私は期待しています。そして、広島・長崎の方々に放射能被害を背負わせたように、福島の原発事故、沖縄の基地と、一地方に押しつけている人々の苦しみを、日本国民の一人として分かち合う責務のあることを改めて自覚したいと思います。


■今年は、特別委員会の委員長も務めます
さて、報告が後になりましたが、今日午前中の議会運営委員会で、私の所属委員会などが確定しました。常任委員会は、昨年同様に総務財政委員会を希望したものの、同委員会の委員長に就任する会派がもう一人の委員枠を必要とするために譲らざるをえなくなり、健康福祉委員会委員を続投します。特別委員会も昨年と同じ「子どもと女性が輝く社会実現調査特別委員会」に所属しますが、こちらは委員長を務めることになりました。

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5月26日 (木)  朝から曇り空。パラパラしていた雨は午後に本格化。気温は26℃台です。

この4月、堺市立病院機構の理事長に就任された門田守人先生から、1月に上梓された『がんとの賢いつきあい方』(朝日新書)をいただきました。門田先生は阪大医学部教授・副学長などを経て、昨年6月まで公益財団法人がん研究会有明病院の院長をされていました。また、現在も厚労省がん対策推進協議会の会長として、わが国のがん対策推進の先頭に立っておられます。
ご恵与にあずかった著書に添えられていたお手紙には、「これまでは医療を国全体として捉えた仕事を中心に従事してまいりましたが、これからは堺市全体が一つの二次医療圏であるこの特殊性を生かした地域包括医療(特にがん医療)の推進に大きな期待を持っており、微力ながら鋭意努力してまいりたいと思っております」と記されています。先生の着任を機に、堺市のがん対策など医療全般が飛躍的に発展できれば市民にとって大きな喜びです。

●読みやすい文章で、鋭い指摘
ご著書には、検診受診率の悪さと一方での喫煙率の増加などがん対策の現状、最新のがん医療、患者としての生き方などが、実に分かりやすい文章で書かれています。また、ご自身の体験を通して「医師と患者のコミュニケーション学」を説かれたり、国が医療に効率性を持たせようとしていることに次のような強い警告を発しておられます。
「この国が打ち出した新しい医療政策では、コストばかりかかり儲けにつながらない医療は切り捨てられるのではないかと、私は非常に懸念しています」
「がんの新薬の開発に成功すれば、世界的に市場も巨大で儲けは大きいかもしれませんが、その裏で、薬を必要とする患者に安価に提供することができるのか。それより、よりよいがん医療とは何かということを、医師と患者だけではなく、それを支える家族やサポーター、あるいは国民のみんなが考える時期に来ているのではないかと思います」

●「がん教育」の必要性も…
なお、私たちががんやその予防・治療に関して正しい認識を持つため、「がん教育」が重要だとも力説しておられます。
「高齢化とともにがんになる人が増えているという現実を目の当たりにして、私はがん教育の必要性を強く感じています。それも成人してからではなく、子どもの頃からがんを正しく知ることが重要だと思っています」
「早い時期からがんの知識を身につけることは、がん予防にも役立ちますし、将来、万一がんになっても、誤った情報に踊らされることなく、最適な治療を受けることができるのではないでしょうか」
堺市教育委員会が、がん対策推進条例の制定以前から独自教材の作成に取り組み、3年前からすべての市立小中学校で「がんに関する教育」を実施していることは、きっと評価していただけるでしょう。ただ、門田先生は、がん体験者が「自らの体験を通してがんについて語ることが、最も子どもの心や社会全体に響くのではないか」とも書いておられ、実施方法の参考にすべきかもしれません。

※「がんに関する教育」=朝日新聞の記事
http://digital.asahi.com/articles/ASJ3910FMJ38PPTB00D.html



■議運はすぐに休憩…しかし、役職分担はまとまりました
さて、今日の議会運営委員会は午後1時に開会して、すぐに休憩。その後も会派間の折衝が続いた結果、4時すぎには会派ごとの役職分担がまとまったようです。明日、10時からの議運で確認の上、具体の議員名を会派から届け出ることになっています。私の担当などについては、正式決定したら、明日の日記で報告させていただきます。


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5月25日 (水)  未明からの小雨が少し残りました。その後も曇り空で21.0℃〜25.7℃。

大阪弁護士会で催された美原住民訴訟の慰労懇親会の折の写真を、竹中宏一弁護士(後列中央)が送って下さいました。竹中弁護士は、私に対するいわれのない政務調査費裁判(原告が取り下げ)でもお世話になった方。その後、西堺警察署での違法取り調べを立証して、被告の無罪と慰謝料を勝ち取りました。

さて、今日の本会議では正副議長を選任。他の議会役員や所属委員会を決める協議も始まっています。


▼写真=クリックで拡大

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5月24日 (火)  気温は少し落ち着いて19.4℃〜26.8℃。ただし、湿度が増したようです。

「はいさい!ちゅううがなびら。毎度勝手にお邪魔します」と、沖縄大学客員教授(元那覇市企画部長)の真栄里泰山さんが毎日のように送って下さるメールのことは、前にも書きました。
昨日は、「元海兵隊兵士の事件被害者を追悼し、米軍の撤退を求める緊急集会 」の様子について伝えていただきました。22日に在沖米軍司令部があるキャンプ瑞慶覧のゲート前で催されたこの集会では、参加した人々がハーベールー(蝶)のプラカードを掲げたそうです。沖縄では、蝶は魂を運んだり、魂そのものの化身と言われ、この黒い蝶は切り絵作家のジョナサンさんの作品だと「沖縄タイムズ」などに紹介されています。

●怒りは沖縄の人々だけのものではありません!
集会では、「元米軍海兵隊兵士の事件被害者を追悼し、十分な対応と真相究明、米軍の撤退を求める要求書」が読み上げられました。次は、その一節です。

*私たちは何よりもまず、奪われた尊い命を悼みます。彼女を大切にしてきた人びとが、彼女を想うための時間と機会が損なわれることのないよう、求めます。
*私たちは、彼女がどれほどの恐怖と苦しみのなかにあったか、荒ぶるような心を鎮めることが出来ません。沖縄に暮らす私たちはみな、自分にも起こり得たことだと、言葉を失い、その痛み苦しみを共にしています。
*私たちは、基地・軍隊の長期駐留が押し付けられている沖縄で、幾度となく繰り返される事件のたびに、被害者を貶める発言や態度にも、幾度となく引き裂かれてきました。被害に遭った人の尊厳が守られるよう、強く求めたいと思います。

基地があるが故に繰り返される卑劣な犯罪と人権侵害への沖縄県民の怒りを、私たちも共有しなければいけないはずです。4月初めに訪沖した折、真栄里さんや翁長知事が共に語られた沖縄の歴史を思い起こしながら、そのことを強く思っています。

■今日の議運で、正副議長候補
さて、堺市議会の今日の議会運営委員会は、午後1時開会後に休憩を重ね、やっと4時半近くに、維新、公明、ソレイユ堺、自民の4会派から正副議長候補が示されました。48人中の39人(4会派の合計)と大勢が決まっているので共産党や無所属3人も同意しましたが、「議会改革」という視点からすると、このような議長選びには疑問も残ります。

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5月23日 (月)  18.7℃〜30.0℃。とうとう「真夏日」です。暑さに慣れない体にこたえます。

10時からの本会議で、まず議会運営委員会の委員を選任し、続いて議長の辞職許可を全会一致で承認しました。正副議長選任のための議運は、明日1時から再開します。

ところで今日は、昨年12月の最高裁決定で堺市の一部敗訴が確定した住民訴訟に関係した原告と弁護団の「慰労懇親会」が大阪弁護士会館で開かれました。出席者は、原告の美原区住民・寺井孝夫さんと坂田正子さん、11年間の訴訟を担った金子武嗣、竹中宏一、由良尚文、森下文恵、橋本阿友子の各弁護士と事務所スタッフの方2人。私もお招きいただいたのは、ほんの僅か打ち合わせに加わったことがあるからでしょう。この事件は、旧美原町役場の想像を絶するいい加減な仕事ぶりに起因するものです。しかし、訴訟になって素直に事実を認めた職員らの賠償責任が認められたのに、ずるく立ち回った最高幹部たちは責任を免れるという裁判結果でした。出席者の誰もが、その理不尽さを口にしていました。ともあれ、皆さんの尽力によって、合併で引き継いだ堺市民の損害が一部なりとて取り戻せたのです。


5月22日 (日)  1週間前に発芽し始めたフウセンカズラが伸び、誘引ネットを設置しました。

西高野街道を歩き終えた埼玉県のIさんが、帰宅後すぐに初収穫したブロッコリーを送って下さいました。早速、昨日の夕食で新鮮な美味しさを味わせていただきましたが、我が家だけでは食べ切れません。そこで、息子が運営を手伝っている大阪市内の「子ども食堂」にも届けました。
実はその子ども食堂には、先だって、事務所の裏路地に植えた種から大きくなったビワも持ち込んだところ、みんな大喜び。豊かな実りだったので家にも持ち帰ってくれたそうです。

今日は、堺市剣道協会が主管する「堺市種目別優勝優勝大会・剣道の部」にお招きいただき、午前中は大浜体育館で見学。午後は、近所の方のご葬儀にお参りしました。

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