10月26日(木)朝方は気温が下がっているのに、日中は暑さを感じます。
※10月25日以前の日記は、前ページに掲載
(430)
《2006.10.26〜29》
「アクション日記」月別インデックスへ
今朝は、南海・百舌鳥八幡駅で街頭活動。駅前が狭いので、いつもスピーカーの音量を小さく絞ってお話しするように心がけています。それでも、皆さんが快く「議員活動報告」を受け取って下さるのです。ただ、遮断機が下りている時間が長くなると、ときどき危険な場面を見ることがあってハッとさせられ、思わず手助け。それにきょうは、幼稚園のお迎えバスに遅れそうになって困っているお母さんがいらっしゃったので、踏切の向こう側にいた配布ボランティアからバスに声をかけてもらって感謝されるなど、演説よりももっと身近な対応をさせていただいています。事務所に戻って執務中、健康福祉局・保険年金担当部長と南区役所・総務部長が揃って来所。お二人が関係する業務に関する事件の報告を受けました。午後は、大阪市内のデザイン事務所を訪ねて、君塚隆太さんと印刷物の打ち合わせ。
10月27日(金)花はまだ咲いているのですが、琉球朝顔の葉がぐっと少なくなりました。
中百舌鳥駅の北側で街頭活動を行いました。地下鉄への乗り換え客は、朝早くからたくさん通行されます。演説を始めるとすぐ、視聴覚障害をお持ちのNさんが姿を見せ、一巻のカセットテープを手渡して下さいました。「議員活動報告」の朗読録音で、「視覚障害者の方にぜひ利用してもらって下さい」とのこと。ありがたくお預かりしました。
昼前、市役所に出て、約束していた某社記者と2時間ほど話し合いました。わずか半日違いの特ダネ争いにしのぎを削ることが、記者の方々にとっては命のようです。またその競争心がニュースの価値を高めているのだろうと思います。しかし、ときにはじっくりとした取材を通して、事件の本質を報じることを心していただけたら…。長年、何人もの記者さんたちと接してきて思うことです。もっとも、私自身の議会での発言についても、同じことが言えるのでしょう。夕方から、事務所で市民相談。私の発言を報じる新聞の切り抜きを携えられていて、相談を通していくつかの情報提供もいただきました。相談に来られる方々のお住まいになる地域が、だんだん拡大しています。
10月28日(土)曇り空で気温も上がらない日でした。秋は深まりつつあるのですね。
街頭活動中やお電話でご相談を受けて、気になっていた方々を訪ねました。甲状腺手術でお声が出にくいため、電話相談が聞き取りにくかったAさんは住宅問題。娘さん夫婦と暮らすKさんは、お孫さんの保育所送り迎えの際に通りにくい踏切のこと。身近な市民生活の相談のなかに、解決しなければいけないテーマがいくつもあるようです。事務所に戻って、久しぶりにホームページの更新作業に取り組みました。
10月29日(日)すっきりとした秋晴れ。泉北ではイチョウの黄葉が始まったようです。
所用で出かけた和泉市や泉北ニュータウンから戻った後、来客もなく、鉢花の手入れができました。何気なく古い手帖を繰っていると、「1982年10月29日(金)午後2時=臨時議会」とスケジュール欄に書かれています。その夏、政治腐敗の防止をめざし、堺市民が直接請求を成立させた「倫理条例」が上程されたのです。「倫理は法規範になじまない」と反対意見を付けた市長に対して、私は真っ先に質問に立ちました。翌年2月25日の可決に至るまでのドラスティックな展開がまぶたに浮かびます。日本で初めて制定された政治倫理条例は、署名した45,730人の市民からの議会へのプレゼントだったと言うべきでしょう。それ以来この条例は市民参加によって運用され、議員もこれに協力して来ました。条例誕生のとき14歳だった石ア善隆議員には、自浄作用を失った議会を救った堺市民の思いを理解することはできないのでしょうか。条例施行後23年にして、前例のない「非協力議員」が生まれようとしています。